2011年09月18日
9・10 コミュニティ・ガーデン・パーティ
首里のコミュニティ・ガーデンを開拓し始めて半年になる。
先月に新たに隣を貸していただけるオーナーに恵まれて1,100㎡広げられた。
合計3700㎡=1,120坪の広い農園にになった。
開拓面積が広がって作業も増えたが嬉しいな・・・
感謝
感謝
である。

ゆいレール首里駅から歩いて8分ほど、高速の那覇インターから車で数分の恵まれた場所だ。
このほど施設の一つである集いのデッキスペースが完成した。
荷物を載せて運ぶ木製のパレットを並べてのセルフビルドのデッキである。
あーりーさんが思いっきり楽しんで作ってくれたものだ。
この後は、道具小屋やコンポストトイレ等セルフビルドの予定が待っている。

この上にタープを張ってテーブルや背もたれもセットして、一品持ち寄りの食べ物を並べた

一人ひとりが一品だけでも持ち寄ると超豪華な食事になる。
畑ではまだ作業を続けている人たちがいる。


18:00そろそろ始めましょうか
今宵は大人15名、子供5名のにぎやかな宴となった。
清美ちゃんのバイオリンも雰囲気を盛り上げる。
中秋の名月の下で楽しい農園パーティーとなった。

20:00までの予定だったが、皆様なかなか帰ろうとしないのよ~

次回は秋の収穫祭だ
参加したい人は来てね~
自給菜園したい人も来てね~

先月に新たに隣を貸していただけるオーナーに恵まれて1,100㎡広げられた。
合計3700㎡=1,120坪の広い農園にになった。
開拓面積が広がって作業も増えたが嬉しいな・・・
感謝
感謝
である。ゆいレール首里駅から歩いて8分ほど、高速の那覇インターから車で数分の恵まれた場所だ。
このほど施設の一つである集いのデッキスペースが完成した。

荷物を載せて運ぶ木製のパレットを並べてのセルフビルドのデッキである。
あーりーさんが思いっきり楽しんで作ってくれたものだ。
この後は、道具小屋やコンポストトイレ等セルフビルドの予定が待っている。
この上にタープを張ってテーブルや背もたれもセットして、一品持ち寄りの食べ物を並べた
一人ひとりが一品だけでも持ち寄ると超豪華な食事になる。
畑ではまだ作業を続けている人たちがいる。
18:00そろそろ始めましょうか
今宵は大人15名、子供5名のにぎやかな宴となった。
清美ちゃんのバイオリンも雰囲気を盛り上げる。
中秋の名月の下で楽しい農園パーティーとなった。
20:00までの予定だったが、皆様なかなか帰ろうとしないのよ~

次回は秋の収穫祭だ

参加したい人は来てね~
自給菜園したい人も来てね~

2011年08月23日
怒らないこと
7月の「100分 de 名著」の項目で《怒》については後日書くと言っていた。最近思い当たることがあって書くことにした。
パーマカルチャー活動をやっていると、あまり怒る人や、怒る場面に出くわさない。
パーマカルチャーをやろうとする人は概ね「こころ」が美しい人が多いためだろう。
パーマカルチャーをやろうとする人の心情は
「地球に対する思いやり」
「人々に対する思いやり」に満ちているからだ。
しかし、最近そうではない場面に何度か出くわした。ついつい男ながら老婆心が出てしまった・・・・

現在、東京国立博物館で「空海と密教芸術」展が催されていて、最近”空海”が注目されている。
東寺講堂の立体曼荼羅の増長天立像と持国天立像である。物凄い形相で怒っている。
仏像なのに怒るとは?・・・ただならぬことに違いない。
怒りには大きく分けて2種類ある。
1、腹を立てること
2、叱ること
見分けはつきにくいが、似ていて非なるもの、まるでベクトル(方向)が正反対なのである。
1、は自分の為、2、は相手の為
仏像は明らかに2、の怒りで、つまり慈悲なのである。
しかし、人間は多くの場合、1、に寄るものがほとんどである。(本人が一番わかっている)
最近出くわしたのもそうであった。
1、は軽い怒りの「嫌、ケチ、軽視、反抗、張り合い、嫉妬」から「憎しみ、恨み、呪い」等ただならぬ重症のものまで種類は多い。ここまで行くと地獄そのものである。
何故そうなるのか・・・・
人間には三大基本煩悩があると言われている。
1、欲望
2、怒り
3、迷い(無知)
「不平・不満・愚痴・泣き言・悪口・文句・イライラ・セカセカ・・・・」煩悩は人を不幸にする。
この中で特に早急に除去したほうが良いものが「怒り」である。
これは他の2つより、真摯に取り組めば意外と除去し易い。
欲は怒りの別ヴァージョンであるのでまず、怒り(腹を立てること)をなくすことに集中したほうが良い。
昨年の10月に東京に行った時、本屋で何気なく目を引き、手に取ったのが
ズバリ「怒らないこと1・2」というベストセラーになった本だ。

スリランカ初期仏教長老「アルボムッレ・スマナサーラ」著 サンガ新書 一冊700円
人は怒る時、怒りの原因を相手(他)のせいにする。「自分は正しい」と決めつける盲目の信仰があるようで、これが不幸の最大原因になっている。
怒った結果、損をするのはその人自身で、望んでいる結果にはならず、まさに自分で自分を不幸にしているようだ。
自分だけならまだしも、周りの人も大変大変・・・迷惑この上ない!
ここがまさに「煩悩」と言われる所以で、解っちゃるけどなかなか・・・なのだろう。
仏像があの形相で叱りたくなるのも頷けよう
早くその煩悩を取り除かないと、いつまでたっても幸せになれない・・・と老婆心に満ち溢れているようだ。
煩悩を取り去ることを「解脱」という。
「解脱」と「悟り」は別物である。
悟るとはこの世の道理(真理)が解ることで、悟っても解脱できない人はいる。そういえばあの人も・・・・・・なんちゃって・・・
そう簡単にできないから「煩悩」と言われているのだが、
その気になれば意外と簡単
その気になるのはもっと簡単
ここで注意したいことは
『腹を立てない人になる』のではなくて
『腹の立たない人になる』ことである。
煩悩除去が真の意味で「自己に対する思いやり」ではないだろうか。
この方面で悩んでいる方はこの本を読んで少しづつ実践して行こう。
パーマカルチャーと同じで実践しなければ、知ってるだけでは幸福にはなれない。
パーマカルチャー活動をやっていると、あまり怒る人や、怒る場面に出くわさない。
パーマカルチャーをやろうとする人は概ね「こころ」が美しい人が多いためだろう。
パーマカルチャーをやろうとする人の心情は
「地球に対する思いやり」
「人々に対する思いやり」に満ちているからだ。
しかし、最近そうではない場面に何度か出くわした。ついつい男ながら老婆心が出てしまった・・・・

現在、東京国立博物館で「空海と密教芸術」展が催されていて、最近”空海”が注目されている。
東寺講堂の立体曼荼羅の増長天立像と持国天立像である。物凄い形相で怒っている。
仏像なのに怒るとは?・・・ただならぬことに違いない。
怒りには大きく分けて2種類ある。
1、腹を立てること
2、叱ること
見分けはつきにくいが、似ていて非なるもの、まるでベクトル(方向)が正反対なのである。
1、は自分の為、2、は相手の為
仏像は明らかに2、の怒りで、つまり慈悲なのである。
しかし、人間は多くの場合、1、に寄るものがほとんどである。(本人が一番わかっている)
最近出くわしたのもそうであった。
1、は軽い怒りの「嫌、ケチ、軽視、反抗、張り合い、嫉妬」から「憎しみ、恨み、呪い」等ただならぬ重症のものまで種類は多い。ここまで行くと地獄そのものである。
何故そうなるのか・・・・
人間には三大基本煩悩があると言われている。
1、欲望
2、怒り
3、迷い(無知)
「不平・不満・愚痴・泣き言・悪口・文句・イライラ・セカセカ・・・・」煩悩は人を不幸にする。
この中で特に早急に除去したほうが良いものが「怒り」である。
これは他の2つより、真摯に取り組めば意外と除去し易い。
欲は怒りの別ヴァージョンであるのでまず、怒り(腹を立てること)をなくすことに集中したほうが良い。
昨年の10月に東京に行った時、本屋で何気なく目を引き、手に取ったのが
ズバリ「怒らないこと1・2」というベストセラーになった本だ。

スリランカ初期仏教長老「アルボムッレ・スマナサーラ」著 サンガ新書 一冊700円
人は怒る時、怒りの原因を相手(他)のせいにする。「自分は正しい」と決めつける盲目の信仰があるようで、これが不幸の最大原因になっている。
怒った結果、損をするのはその人自身で、望んでいる結果にはならず、まさに自分で自分を不幸にしているようだ。
自分だけならまだしも、周りの人も大変大変・・・迷惑この上ない!
ここがまさに「煩悩」と言われる所以で、解っちゃるけどなかなか・・・なのだろう。
仏像があの形相で叱りたくなるのも頷けよう

早くその煩悩を取り除かないと、いつまでたっても幸せになれない・・・と老婆心に満ち溢れているようだ。
煩悩を取り去ることを「解脱」という。
「解脱」と「悟り」は別物である。
悟るとはこの世の道理(真理)が解ることで、悟っても解脱できない人はいる。そういえばあの人も・・・・・・なんちゃって・・・
そう簡単にできないから「煩悩」と言われているのだが、
その気になれば意外と簡単

その気になるのはもっと簡単

ここで注意したいことは
『腹を立てない人になる』のではなくて
『腹の立たない人になる』ことである。
煩悩除去が真の意味で「自己に対する思いやり」ではないだろうか。
この方面で悩んでいる方はこの本を読んで少しづつ実践して行こう。
パーマカルチャーと同じで実践しなければ、知ってるだけでは幸福にはなれない。
2011年08月13日
関東・中部周遊④ 穂高養生園
最後の目的地はホリスティックヘルスセンター「穂高養生園」だ。
北アルプスの森の中、安曇野高原の北側に位置し「セルフケアー」(自分の健康は自分で守る」を掲げオープンしたのは1986年もう25年も前のことである。

最初に入ったのは「里の家」本館である。今回の宿泊施設だ。木造のしっとりした建物で、森の中に半ば埋まっているように佇んでいた。
中に入ると受付があり、正面に中庭が見える。

この中庭を囲んで、ドームハウスや宿泊棟などが建っている。
気持ちいい~
ここは、1日2食のマクロビ料理である。夕食は17:30、朝食は10:30と少し遅め。
その前に朝のプログラムが用意されていて、一日おきに散歩とヨーガがあり、行った翌朝はヨーガであった。
日頃、朝起きた時ストレッチを1時間ほどやっているので、違和感なくついて行けた。


とても手間をかけて作った料理である。スタッフの意気込みが感じられるメニューであった。

朝食後、周りを散歩したら、自給菜園があった。パーマカルチャーの考え方を取り入れた菜園である。

やはり、自分で作らなくっちゃ~ね

その後、森の中を20分ほど歩いて、穂高養生園の別館「森の家」のほうに行った。
最初に目に入ってきた建物は「コクーンハウス」PCCJの山田さんが設計した手づくりのバンガローだ。瞑想用に作られたと聞いたが、現在はスタッフ室になっているとか・・・
草屋根で3棟並んで可愛らしい~

そのすぐそばにあるのが、最近建った「木と人カフェ」で周囲に、パーマカルチャーハーブガーデンを抱き、手造り感あふれる木造の建物だ。



ここでティータイムした後、もっと奥に歩いて行くと「森のキッチン」棟がある。


この隣に岩でできた「ハーバルサウナ」がある。昨夜暗い中ここに来て入った処だ。
ハーブ水をかける蒸気サウナだ。3人以上いないと入れないそうで、ほかの宿泊客と4人+スタッフ2名で入った。

その奥に、「森の家」アナンダがある。
ここは宿泊施設でもあるが、ヨーガや瞑想、ワークショップ、デトックスプログラムも行う施設だ。

この他にも施設は散りばめられているが、ほとんどの建物はセルフビルドというから凄い
ますます需要も伸びて発展しそうなオーラがメラメラであった。
病気の原因の大半は「過食・美食・偏食」と「運動不足」それに「ストレス」と言われている。
競争社会にはありがちなものばかりだ。疲れている方は一度訪れてみては如何でしょうか
癒されますよ~
北アルプスの森の中、安曇野高原の北側に位置し「セルフケアー」(自分の健康は自分で守る」を掲げオープンしたのは1986年もう25年も前のことである。
最初に入ったのは「里の家」本館である。今回の宿泊施設だ。木造のしっとりした建物で、森の中に半ば埋まっているように佇んでいた。
中に入ると受付があり、正面に中庭が見える。
この中庭を囲んで、ドームハウスや宿泊棟などが建っている。
気持ちいい~

ここは、1日2食のマクロビ料理である。夕食は17:30、朝食は10:30と少し遅め。
その前に朝のプログラムが用意されていて、一日おきに散歩とヨーガがあり、行った翌朝はヨーガであった。
日頃、朝起きた時ストレッチを1時間ほどやっているので、違和感なくついて行けた。
とても手間をかけて作った料理である。スタッフの意気込みが感じられるメニューであった。
朝食後、周りを散歩したら、自給菜園があった。パーマカルチャーの考え方を取り入れた菜園である。
やはり、自分で作らなくっちゃ~ね


その後、森の中を20分ほど歩いて、穂高養生園の別館「森の家」のほうに行った。
最初に目に入ってきた建物は「コクーンハウス」PCCJの山田さんが設計した手づくりのバンガローだ。瞑想用に作られたと聞いたが、現在はスタッフ室になっているとか・・・
草屋根で3棟並んで可愛らしい~

そのすぐそばにあるのが、最近建った「木と人カフェ」で周囲に、パーマカルチャーハーブガーデンを抱き、手造り感あふれる木造の建物だ。
ここでティータイムした後、もっと奥に歩いて行くと「森のキッチン」棟がある。
この隣に岩でできた「ハーバルサウナ」がある。昨夜暗い中ここに来て入った処だ。
ハーブ水をかける蒸気サウナだ。3人以上いないと入れないそうで、ほかの宿泊客と4人+スタッフ2名で入った。
その奥に、「森の家」アナンダがある。
ここは宿泊施設でもあるが、ヨーガや瞑想、ワークショップ、デトックスプログラムも行う施設だ。
この他にも施設は散りばめられているが、ほとんどの建物はセルフビルドというから凄い

ますます需要も伸びて発展しそうなオーラがメラメラであった。
病気の原因の大半は「過食・美食・偏食」と「運動不足」それに「ストレス」と言われている。
競争社会にはありがちなものばかりだ。疲れている方は一度訪れてみては如何でしょうか

癒されますよ~
2011年08月08日
持ち込まない・持ち出さない(前半) (kw16)
半年ぶりのkeywordである。HPのトップページに掲載されている中の最後に残った項目だが、これで完結ではなく、パーマカルチャーのkeywordはまだ暫く続けようと思っている。
この項目は他のkeywordと重なっているところもあり、別の観点を探していたが、一応締め括りとして前半・後半に分けて根本問題に触れてみたい。そこで
『ローカリゼーション』に焦点をあててみようと考えた。
ここでまず思い出すのが、ヘレナ・N・ホッジ著の『ラダック 懐かしい未来』だ。

エコビレッジ運動の原点となるような本で、読んでいる方も多いと思うが、この閉塞感漂う現在の日本の状況では一読に値する。
我らパーマカルチャーの活動もそうだが、この本の最終目標は
≪持続可能な平和で幸福な社会づくり≫である。
今まで、モノが豊富で、便利で快適な生活が「幸福」になることと信じて邁進して来た。これには戦後世界をリードして来た米国がモデルとなった。
しかし、この国は「奴隷制度」を前提に発展してきたグローバル集団で、自己責任が貫徹され、人情味はかけらもない。また、戦争を外交の手段としているようで、自国の価値観を押し付けるお節介な
「グローバリゼーション」の代表国である。
(アメリカ人はモチロンこんな人達ばかりではなく、扇動者は極一部の人達であろう。個人的にはアメリカは好きだし、アメリカ人も決して嫌いではない)
しかし、最近になってこのグローバリゼーションの価値観がどうも違うのではないかと人々が気付き始めたのだ。
幸福はGDP(国内総生産)・GNP(国民総生産)の物の豊富さだけで測るのではなく、これに変わり
GNH(国民総幸福度)を基準にしてはどうかと模索が続いている。
幸福を決める要素は次の9項目であるとし統計を取っている。
1、心理的幸福 2、健康 3、教育 4、文化 5、環境 6、コミュニティ 7、良い統治 8、生活水準 9、自分の時間の使い方
これによると、世界ランキングの1位はデンマークで、2位はスイス、3位オーストリア、4位アイスランド、5位バハマ、6位フィンランド、7位スウェーデン、8位にブータンと続き北欧とか辺境の国とかが出てくるが、先進国はなかなか出てこない
ちなみに、戦後我が国のモデルになった憧れのアメリカは23位、35位ドイツ、41位イギリス、62位フランス、82位中国、そして90位にやっと日本が出てきた。
なにせ、先進国の人々は自分は幸福だとは感じていないのである。
これでも相当衝撃的なのだが、事態はもっと深刻なようで、アメリカはもとよりGNH1位のデンマークでさえも相当社会的に歪みが起こっているというのである。
アルコール依存、薬物汚染やホームレス・自殺者の増加等の問題。また、福祉が充実しすぎて、子供たちが年老いた親の元に訪ねてこないようで、何の不自由もない老人達が淋しく暮らしているらしい。
それは、生活にまつわる日常の行事のアウトソーシング(外部化)にあるようだ。つまり、コミュニティが喪失しているのである。
経済が豊かな先進国で今、問題になっているのは
1、家庭崩壊 2、学級崩壊 3、いじめ 4、格差 5、無関心 6、老人の孤立 7、自殺 等々である
これらに、共通するものは「コミュニティの欠如」である。
つまり、人と人の繋がり=支え合いがないのである。
グローバル化の波は津波以上に人を分断するようだ。
グローバル化は過密都市を生み出し、競争を煽り、毎日アクセクと快適で便利な生活を夢見て働いて、人を大事にしない風潮を生みだした。
過密都市は当然ながら、食料生産の場を外部に追い出し、莫大なエネルギーを必要とし、原子力や化石燃料エネルギーがなければ動かない建造物や物を造りだした。また、膨大なゴミとCO2を垂れ流し、環境の悪化を招いている。
という現状認識が前半で、長くなるので、ローカリゼーション(持ち込まない・持ち出さない)が何故必要かは後半で・・・・
この項目は他のkeywordと重なっているところもあり、別の観点を探していたが、一応締め括りとして前半・後半に分けて根本問題に触れてみたい。そこで
『ローカリゼーション』に焦点をあててみようと考えた。
ここでまず思い出すのが、ヘレナ・N・ホッジ著の『ラダック 懐かしい未来』だ。

エコビレッジ運動の原点となるような本で、読んでいる方も多いと思うが、この閉塞感漂う現在の日本の状況では一読に値する。
我らパーマカルチャーの活動もそうだが、この本の最終目標は
≪持続可能な平和で幸福な社会づくり≫である。
今まで、モノが豊富で、便利で快適な生活が「幸福」になることと信じて邁進して来た。これには戦後世界をリードして来た米国がモデルとなった。
しかし、この国は「奴隷制度」を前提に発展してきたグローバル集団で、自己責任が貫徹され、人情味はかけらもない。また、戦争を外交の手段としているようで、自国の価値観を押し付けるお節介な
「グローバリゼーション」の代表国である。
(アメリカ人はモチロンこんな人達ばかりではなく、扇動者は極一部の人達であろう。個人的にはアメリカは好きだし、アメリカ人も決して嫌いではない)
しかし、最近になってこのグローバリゼーションの価値観がどうも違うのではないかと人々が気付き始めたのだ。
幸福はGDP(国内総生産)・GNP(国民総生産)の物の豊富さだけで測るのではなく、これに変わり
GNH(国民総幸福度)を基準にしてはどうかと模索が続いている。
幸福を決める要素は次の9項目であるとし統計を取っている。
1、心理的幸福 2、健康 3、教育 4、文化 5、環境 6、コミュニティ 7、良い統治 8、生活水準 9、自分の時間の使い方
これによると、世界ランキングの1位はデンマークで、2位はスイス、3位オーストリア、4位アイスランド、5位バハマ、6位フィンランド、7位スウェーデン、8位にブータンと続き北欧とか辺境の国とかが出てくるが、先進国はなかなか出てこない

ちなみに、戦後我が国のモデルになった憧れのアメリカは23位、35位ドイツ、41位イギリス、62位フランス、82位中国、そして90位にやっと日本が出てきた。
なにせ、先進国の人々は自分は幸福だとは感じていないのである。

これでも相当衝撃的なのだが、事態はもっと深刻なようで、アメリカはもとよりGNH1位のデンマークでさえも相当社会的に歪みが起こっているというのである。

アルコール依存、薬物汚染やホームレス・自殺者の増加等の問題。また、福祉が充実しすぎて、子供たちが年老いた親の元に訪ねてこないようで、何の不自由もない老人達が淋しく暮らしているらしい。
それは、生活にまつわる日常の行事のアウトソーシング(外部化)にあるようだ。つまり、コミュニティが喪失しているのである。
経済が豊かな先進国で今、問題になっているのは
1、家庭崩壊 2、学級崩壊 3、いじめ 4、格差 5、無関心 6、老人の孤立 7、自殺 等々である
これらに、共通するものは「コミュニティの欠如」である。
つまり、人と人の繋がり=支え合いがないのである。
グローバル化の波は津波以上に人を分断するようだ。
グローバル化は過密都市を生み出し、競争を煽り、毎日アクセクと快適で便利な生活を夢見て働いて、人を大事にしない風潮を生みだした。
過密都市は当然ながら、食料生産の場を外部に追い出し、莫大なエネルギーを必要とし、原子力や化石燃料エネルギーがなければ動かない建造物や物を造りだした。また、膨大なゴミとCO2を垂れ流し、環境の悪化を招いている。
という現状認識が前半で、長くなるので、ローカリゼーション(持ち込まない・持ち出さない)が何故必要かは後半で・・・・
2011年08月02日
関東・中部周遊③ シャロム・ヒュッテ
前々から行きたいと思っていた安曇野のペンション
「シャロム・ヒュッテ」に訪れることが出来た。
本館は、主が山小屋の元支配人で、彼の好みなのかスイスの山小屋風の外観だ。

5年前、PCCJでデザインコースと実習コースを受講した時、シャロム・ヒュッテでも
パーマカルチャー塾を開催していることを知った。
東京から遠いので通うのは少し困難ではあるが、自然農やコミュニティを目指す自然豊かな広い大地には大いに魅力を感じていた。
昨今は、NHKの朝ドラ「おひさま」の舞台にもなって、訪れる人が多いとか・・・

敷地内には、雑貨のお店や、オーガニックレストラン&カフェ、シュタイナー教育の半屋外保育園等いろいろな施設が点在している。
ついて間もなく、夕食の時間で早速カフェに行った。

中には、色んなオーガニック食材やパン、グッズ等も販売するコーナーがあった。

食事はマクロビオティック料理である。落ち着いた手づくりの山小屋風の空間で、地ビールも注文し美味しく楽しい時間を過ごせた。

夕食後、希望者10人ほどでミーティングを行った。色んな場所から色んな思いを持って訪れた人々と話をした。もう2度と会うこともない方達かも知れないが、共通項が自然と出てくる。みんなパーマカルチャーを望んでいるんだね~。
次の日は、早朝ウォーキングで係りの人が案内してくれた。

ツリーハウスやコンポストトイレ、保育園や森

最後はとっておきの自然農の畑だ。
安曇野の広い大地の中で空気も美味しい、土もフカフカだ。美味しい野菜ができそ~
説明してくれた人の目が輝いていた。
この農場は、川口由一さんの自然農法を目指しているようだ。野菜を生産するというより、自然に沿った生き方を実践しているといったほうが良いのだろう。


その後、ビュッフェの朝食をとって、次の訪問地に向かった。
「シャロム・ヒュッテ」に訪れることが出来た。
本館は、主が山小屋の元支配人で、彼の好みなのかスイスの山小屋風の外観だ。
5年前、PCCJでデザインコースと実習コースを受講した時、シャロム・ヒュッテでも
パーマカルチャー塾を開催していることを知った。
東京から遠いので通うのは少し困難ではあるが、自然農やコミュニティを目指す自然豊かな広い大地には大いに魅力を感じていた。
昨今は、NHKの朝ドラ「おひさま」の舞台にもなって、訪れる人が多いとか・・・
敷地内には、雑貨のお店や、オーガニックレストラン&カフェ、シュタイナー教育の半屋外保育園等いろいろな施設が点在している。
ついて間もなく、夕食の時間で早速カフェに行った。
中には、色んなオーガニック食材やパン、グッズ等も販売するコーナーがあった。
食事はマクロビオティック料理である。落ち着いた手づくりの山小屋風の空間で、地ビールも注文し美味しく楽しい時間を過ごせた。
夕食後、希望者10人ほどでミーティングを行った。色んな場所から色んな思いを持って訪れた人々と話をした。もう2度と会うこともない方達かも知れないが、共通項が自然と出てくる。みんなパーマカルチャーを望んでいるんだね~。
次の日は、早朝ウォーキングで係りの人が案内してくれた。
ツリーハウスやコンポストトイレ、保育園や森
最後はとっておきの自然農の畑だ。
安曇野の広い大地の中で空気も美味しい、土もフカフカだ。美味しい野菜ができそ~

説明してくれた人の目が輝いていた。
この農場は、川口由一さんの自然農法を目指しているようだ。野菜を生産するというより、自然に沿った生き方を実践しているといったほうが良いのだろう。
その後、ビュッフェの朝食をとって、次の訪問地に向かった。
2011年07月29日
セルフビルド・・建築家なしの建築
建築家の間で有名な本が1980年代に発行されたSD選書のB・ルドフスキー「建築家なしの建築」であった。
これは世界中のアノニマスな建築を集めた本で、多くの建築家が注目していない取り残された建物である。
遺産として残っている建築はほとんどが権力者や富の独占者が築いたもので、一般人の生活に密着した建物は取り上げられていない。
近代合理主義建築が無視した『地域性・風土性・生活感覚』の欠如を歴史家の観点から鋭く突いた記念碑的本であった。
パーマカルチャーの視点を導入すれば、膨大なエネルギーを必要とする建築の作り方はあまりにもノンシャランな考え方である。

これらの動きと並行して、バックミンスター・フラーの影響を受けた
ロイド・カーン氏は、1973年に、セルフビルドのガイドともなる世界中のバナキュラー(土着的)な建物を集めた『シェルター』を出版し、次いで2003年には『ホームワーク』を出版した。
セルフビルドの本は多い


ここで、『セルフビルドの意義』を改めて考えてみたい。
セルフビルドとは、専門家に丸投げせず、自分達で家や付帯施設等を作ることを言う。
しかし、『住む』ということは自分達だけでは成り立たず、周辺の自然環境や社会の一員として生きているという自覚が必要で大切なことである。
セルフビルドの価値は、経費の節約と共に、今在るものを最大限活用することで、環境にかかる負担を軽減する役割もある。
重要なことは、そのデザインはその人の人生観を表現することになり、消費文明からの脱却と既存の価値観から新たな文化の創造への意思表明となることである。
完成を焦らず、創ることそのものを楽しみ『遊ぶ』という出発点に立つことであり、工作少年のあの目の輝きを取り戻すことにある。
≪そこで見えてくるもの≫
消費文明の中では、物や製品との繋がりが見えにくく、つくってくれた人たちのことが見えにくい。
勢い不要になれば平気で廃棄してしまう繋がりのない「途切れた関係」である。
しかし、セルフビルドをすれば一気に見えてくるものがある。それは自分だけでは絶対に作れないことに気付くからである。
技術や知識、材料や道具のことなど改めて何も解らず呆然としてしまうのだ。
これまで伝承して来た人達の尊さ、長年かけて育まれてきた知恵などに改めて感動することになる。
文明人ならではの体力のなさに落胆もするだろう、いかに生活することと離れて生きて来たか実感するのだ。

≪仲良しの輪・和・環≫
しかし、希望を失うことはない。我々は一人ではない。
『コミュニティ』を形成し、温め、発展させることだ。
人と繋がった時《個の多様性》が輝き始める。
人はそれぞれ得意分野がある。趣味も特技も違うのだが、日常の労働においてはなかなかそれらを発揮できる場が得にくい。ひたすら職務に縛られこなすことに精一杯で喜びを味わうことなく過ごしている。
その鬱積した情念がセルフビルドを通して一気に解放されるのだ。
自分一人で頑張らずに、仲間をつくりその人の持ち味を活かし合うことで人生は有意義になる。
セルフビルドを通して本物の生き方に触れ、生きる原点を味わってみることである。
これは世界中のアノニマスな建築を集めた本で、多くの建築家が注目していない取り残された建物である。
遺産として残っている建築はほとんどが権力者や富の独占者が築いたもので、一般人の生活に密着した建物は取り上げられていない。
近代合理主義建築が無視した『地域性・風土性・生活感覚』の欠如を歴史家の観点から鋭く突いた記念碑的本であった。
パーマカルチャーの視点を導入すれば、膨大なエネルギーを必要とする建築の作り方はあまりにもノンシャランな考え方である。

これらの動きと並行して、バックミンスター・フラーの影響を受けた
ロイド・カーン氏は、1973年に、セルフビルドのガイドともなる世界中のバナキュラー(土着的)な建物を集めた『シェルター』を出版し、次いで2003年には『ホームワーク』を出版した。
セルフビルドの本は多い


ここで、『セルフビルドの意義』を改めて考えてみたい。
セルフビルドとは、専門家に丸投げせず、自分達で家や付帯施設等を作ることを言う。
しかし、『住む』ということは自分達だけでは成り立たず、周辺の自然環境や社会の一員として生きているという自覚が必要で大切なことである。
セルフビルドの価値は、経費の節約と共に、今在るものを最大限活用することで、環境にかかる負担を軽減する役割もある。
重要なことは、そのデザインはその人の人生観を表現することになり、消費文明からの脱却と既存の価値観から新たな文化の創造への意思表明となることである。
完成を焦らず、創ることそのものを楽しみ『遊ぶ』という出発点に立つことであり、工作少年のあの目の輝きを取り戻すことにある。
≪そこで見えてくるもの≫
消費文明の中では、物や製品との繋がりが見えにくく、つくってくれた人たちのことが見えにくい。
勢い不要になれば平気で廃棄してしまう繋がりのない「途切れた関係」である。
しかし、セルフビルドをすれば一気に見えてくるものがある。それは自分だけでは絶対に作れないことに気付くからである。
技術や知識、材料や道具のことなど改めて何も解らず呆然としてしまうのだ。
これまで伝承して来た人達の尊さ、長年かけて育まれてきた知恵などに改めて感動することになる。
文明人ならではの体力のなさに落胆もするだろう、いかに生活することと離れて生きて来たか実感するのだ。

≪仲良しの輪・和・環≫
しかし、希望を失うことはない。我々は一人ではない。
『コミュニティ』を形成し、温め、発展させることだ。
人と繋がった時《個の多様性》が輝き始める。
人はそれぞれ得意分野がある。趣味も特技も違うのだが、日常の労働においてはなかなかそれらを発揮できる場が得にくい。ひたすら職務に縛られこなすことに精一杯で喜びを味わうことなく過ごしている。
その鬱積した情念がセルフビルドを通して一気に解放されるのだ。
自分一人で頑張らずに、仲間をつくりその人の持ち味を活かし合うことで人生は有意義になる。
セルフビルドを通して本物の生き方に触れ、生きる原点を味わってみることである。
2011年07月27日
関東・中部周遊② 蓼科バラクラ・ガーデン&碌山美術館
安曇野に行く途中に避暑地で著名な蓼科にたち寄って、
「バラクラ・ガーデン」というイングリッシュガーデンを訪れた。

緑溢れる蓼科にあっても、さらなる美しくデザインされたガーデンに魅せられた。

暫く遊覧していると、ガーデンの中にカフェがあった。
頃合いお腹がすいて昼食にした。

天気もよろしい。ここは当然に屋外の席に陣取った。

屋外でのランチもことのほか美味しく感じた。イングリッシュ・ガーデンは日本人の好みに合うようだ。
パーマカルチャーの目指す森のような菜園にも近しい混植ガーデンである。

その後、今回の目的地の安曇野を目指した。
そこの中心地の「穂高」駅のそばに以前から一度行きたかった
「碌山美術館」に立ち寄った。
ここは明治の若き天才と言われた荻原守衛の常設展示場だが、私には美術館のほうに興味があった。
ここのメインの建築は早稲田大学の教授で建築家の今井兼次の作品で、教会かと思わせる凛とした佇まいはただらなる表情がある。
我々にとって、彼はシュタイナー教育やバイオダイナミクス農法で有名なルドルフ・シュタイナーを建築家として初めて日本に紹介した人でもある。
長崎の「二十六聖人記念館」や、佐賀の私の実家の傍にある「大隈記念館」の設計者で、なるほどシュタイナーの「第2ゲーテアヌム」を彷彿とさせるデザインに若い時の私は感動したものだ。

この他、ここにはいろいろなデザインの建物が立ち並ぶ、建築の博物館のようでもある。


長野に訪れる機会があれば、一度寄ってみては如何でしょうか?
こころが満たされる思いですよ。
「バラクラ・ガーデン」というイングリッシュガーデンを訪れた。
緑溢れる蓼科にあっても、さらなる美しくデザインされたガーデンに魅せられた。
暫く遊覧していると、ガーデンの中にカフェがあった。
頃合いお腹がすいて昼食にした。
天気もよろしい。ここは当然に屋外の席に陣取った。
屋外でのランチもことのほか美味しく感じた。イングリッシュ・ガーデンは日本人の好みに合うようだ。
パーマカルチャーの目指す森のような菜園にも近しい混植ガーデンである。

その後、今回の目的地の安曇野を目指した。
そこの中心地の「穂高」駅のそばに以前から一度行きたかった
「碌山美術館」に立ち寄った。
ここは明治の若き天才と言われた荻原守衛の常設展示場だが、私には美術館のほうに興味があった。
ここのメインの建築は早稲田大学の教授で建築家の今井兼次の作品で、教会かと思わせる凛とした佇まいはただらなる表情がある。
我々にとって、彼はシュタイナー教育やバイオダイナミクス農法で有名なルドルフ・シュタイナーを建築家として初めて日本に紹介した人でもある。
長崎の「二十六聖人記念館」や、佐賀の私の実家の傍にある「大隈記念館」の設計者で、なるほどシュタイナーの「第2ゲーテアヌム」を彷彿とさせるデザインに若い時の私は感動したものだ。
この他、ここにはいろいろなデザインの建物が立ち並ぶ、建築の博物館のようでもある。
長野に訪れる機会があれば、一度寄ってみては如何でしょうか?
こころが満たされる思いですよ。

2011年07月21日
何の為に働くのか?
私たちは何のために働いているのであろうか?
あまりに当たり前過ぎて考えたことがないかも知れないが、改めて聞かれると、返ってくる言葉が「食うため!」が大半であろう。
人類の生活欲求の中で努力しなければ得られないものは《食料》が主なものだから「食う」とは「生活する」と同じ意味かと思われる。
昔から「働かざる者、食うべからず」という言葉もあった。

人類の歴史は700万年とも言われている。
人類が農耕を始めたのが1万年前と言われているので、699万年間は「狩猟採取」をしていた。
この時代の労働時間は1週間当たり2.5日で約6時間費やしていたそうである。つまり15時間/週。
しかし、便利・快適を求めて科学・技術を発展させて来た現代人の食うために費やす時間は、1週間当たり5日で約8時間、少なくとも、40時間/週費やしており、古代人の約3倍の労働時間になっている。
・・・・・・・はて、どちらが豊かな生活をしているのだろうか?

ハンナ・アーレントというアメリカの政治哲学者(1906--1975)が「働く」には3種類あると分析した。
1、「労働」:生活のための糧を得る「賃金労働」消費の営みで、好むと好まざるとに関わらずやらなければならないもの。
2、「仕事」:特定の目的のために、耐久性のあるものを創りだす専門性で自己実現に係り、自発的意志が見られるもの。
3、「活動」:社会活動ともいわれ、ボランティアやNPO等、社会と深い係わりがあるもので、ハンナはこれを最も重要視していた。

・・・・・ところで「はたらく」の反対語は解りますか?・・・・・
と訊くと「遊ぶ」「リラックス」とか「怠ける」「サボる」、あるいは「働かない」と否定語を言われることが多い。
このことから、「はたらく」ことは辛いこと、苦しいことのようだ。
「はたらく」の反対語は「はた迷惑」
はた迷惑の「はた」は漢字では『傍』と書き、その人の周囲にいる人のことで、とても身近な人的環境の家族や友達、あるいは職場の上司や仲間、またその会社の作った製品を買ってくれる人達を言う。
つまり、「はたらく」を漢字で書けば『傍楽』と表記し、その人の周囲にいる人を楽にし『楽しませる』ことが働く意味になる。
周りにいる人を楽しませ、喜んでもらうことが、その人やその会社の繁栄に繋がるのである。
≪なでしこジャパン≫を見よ!・・・彼女らは海外のプロリーグに参加している人を除けば、1日8時間の労働をし、その後ハンナの言う仕事である「サッカー」の練習をしたり試合に出たりしているのだ。
今回の「FIFA女子ワールドカップ」の試合はまさにがんばれニッポンの「活動」の領域に達していた。
ハンナが『活動』を重要視していることも頷けよう。
ここで、注意したいことは「労働』についても同じことで、イヤイヤやるのではなく、強く「傍楽」を意識することで、その人そのものが「有意義」な人生を送ることになるのである。
多くの時間を費やす労働時間を喜びの時間にすることである。
それ以外の行為は一切無意味で、たとえ成功したとしても『おごれる者久しからず、ただ春の夜の夢のごとし』となるようだ。
パーマカルチャーでは、生活時間の1/3を「賃金労働」、1/3を「天職仕事」、1/3を「農的暮らし」(コミュニティを伴った)を理想とし活動を進めている。
週休5日制の快適ライフだ。
Let's join us ! ・・・・・・一緒にやりませんか?
あまりに当たり前過ぎて考えたことがないかも知れないが、改めて聞かれると、返ってくる言葉が「食うため!」が大半であろう。
人類の生活欲求の中で努力しなければ得られないものは《食料》が主なものだから「食う」とは「生活する」と同じ意味かと思われる。
昔から「働かざる者、食うべからず」という言葉もあった。

人類の歴史は700万年とも言われている。
人類が農耕を始めたのが1万年前と言われているので、699万年間は「狩猟採取」をしていた。
この時代の労働時間は1週間当たり2.5日で約6時間費やしていたそうである。つまり15時間/週。
しかし、便利・快適を求めて科学・技術を発展させて来た現代人の食うために費やす時間は、1週間当たり5日で約8時間、少なくとも、40時間/週費やしており、古代人の約3倍の労働時間になっている。
・・・・・・・はて、どちらが豊かな生活をしているのだろうか?

ハンナ・アーレントというアメリカの政治哲学者(1906--1975)が「働く」には3種類あると分析した。
1、「労働」:生活のための糧を得る「賃金労働」消費の営みで、好むと好まざるとに関わらずやらなければならないもの。
2、「仕事」:特定の目的のために、耐久性のあるものを創りだす専門性で自己実現に係り、自発的意志が見られるもの。
3、「活動」:社会活動ともいわれ、ボランティアやNPO等、社会と深い係わりがあるもので、ハンナはこれを最も重要視していた。

・・・・・ところで「はたらく」の反対語は解りますか?・・・・・
と訊くと「遊ぶ」「リラックス」とか「怠ける」「サボる」、あるいは「働かない」と否定語を言われることが多い。
このことから、「はたらく」ことは辛いこと、苦しいことのようだ。
「はたらく」の反対語は「はた迷惑」
はた迷惑の「はた」は漢字では『傍』と書き、その人の周囲にいる人のことで、とても身近な人的環境の家族や友達、あるいは職場の上司や仲間、またその会社の作った製品を買ってくれる人達を言う。
つまり、「はたらく」を漢字で書けば『傍楽』と表記し、その人の周囲にいる人を楽にし『楽しませる』ことが働く意味になる。
周りにいる人を楽しませ、喜んでもらうことが、その人やその会社の繁栄に繋がるのである。
≪なでしこジャパン≫を見よ!・・・彼女らは海外のプロリーグに参加している人を除けば、1日8時間の労働をし、その後ハンナの言う仕事である「サッカー」の練習をしたり試合に出たりしているのだ。
今回の「FIFA女子ワールドカップ」の試合はまさにがんばれニッポンの「活動」の領域に達していた。
ハンナが『活動』を重要視していることも頷けよう。
ここで、注意したいことは「労働』についても同じことで、イヤイヤやるのではなく、強く「傍楽」を意識することで、その人そのものが「有意義」な人生を送ることになるのである。
多くの時間を費やす労働時間を喜びの時間にすることである。
それ以外の行為は一切無意味で、たとえ成功したとしても『おごれる者久しからず、ただ春の夜の夢のごとし』となるようだ。
パーマカルチャーでは、生活時間の1/3を「賃金労働」、1/3を「天職仕事」、1/3を「農的暮らし」(コミュニティを伴った)を理想とし活動を進めている。
週休5日制の快適ライフだ。
Let's join us ! ・・・・・・一緒にやりませんか?
2011年07月13日
関東・中部周遊① 里山長屋 in 藤野
今月(7月)の上旬に
東京~藤野(神奈川県北端)~安曇野(長野)と周遊して来た。
最初の地「藤野」は懐かしい~
5年前パーマカルチャー塾を受講、私のパーマカルチャー人生が始まった場所だ。
沖縄移住が決まっていたので、「デザインコース」と「実習コース」を同時に受けた。
デザインコースの仲間たちとは受講後、オーストラリア&ニュジーランドPCツアーに行ったし、
実習コースの仲間たちとは施設づくりの課題で「畑の水洗トイレ」を月1回自主参加でやりぬいた。思い出深い場所である。
その実習コースの仲間が3名参集してくれ「里山長屋」のコモンハウスで同窓会をやらせてもらった。

手前がコモンハウス、奥が2階建て4戸がくっついた長屋だ。この建物は、PC塾で建築の講師をしてる山田さんとその仲間たちが4世帯集まって作ったコミュニティハウスだ。

裏の北側と奥の東側には深い森があって、涼溜りになっている。
建物は木造で木の感じが想像以上に凄く良い。風通しも考慮されて、暑い夏であったが本当に涼しい夜を過ごせた。
まだ未着工ではあったが各戸の前には自給菜園が予定されている。
パーカル建築「のアイテムとしては、自然空調システムの「そよ風」

自然換気と採光を兼ねる吹き抜け上部のトップライト

ウイスキー樽のお洒落な雨水タンクと井戸水

コモンハウスの入口はガラス張りの屋根(全面トップライト)で三和土(タタキ)土間の床は石張り、これをダイレクトゲインといい冬場は床に蓄熱し夜間に放熱するパーッシブソーラーの手法である。

2階の和室で宴会中~

こちらが出来上がってほろ酔い状態の時に下のコモンリビングでは藤野のトランジション・タウンのメンバーの方たちは真剣にワークショップをしておられた~

藤野の夜は長く熱かったぜ
東京~藤野(神奈川県北端)~安曇野(長野)と周遊して来た。
最初の地「藤野」は懐かしい~

5年前パーマカルチャー塾を受講、私のパーマカルチャー人生が始まった場所だ。
沖縄移住が決まっていたので、「デザインコース」と「実習コース」を同時に受けた。
デザインコースの仲間たちとは受講後、オーストラリア&ニュジーランドPCツアーに行ったし、
実習コースの仲間たちとは施設づくりの課題で「畑の水洗トイレ」を月1回自主参加でやりぬいた。思い出深い場所である。
その実習コースの仲間が3名参集してくれ「里山長屋」のコモンハウスで同窓会をやらせてもらった。
手前がコモンハウス、奥が2階建て4戸がくっついた長屋だ。この建物は、PC塾で建築の講師をしてる山田さんとその仲間たちが4世帯集まって作ったコミュニティハウスだ。
裏の北側と奥の東側には深い森があって、涼溜りになっている。
建物は木造で木の感じが想像以上に凄く良い。風通しも考慮されて、暑い夏であったが本当に涼しい夜を過ごせた。
まだ未着工ではあったが各戸の前には自給菜園が予定されている。
パーカル建築「のアイテムとしては、自然空調システムの「そよ風」
自然換気と採光を兼ねる吹き抜け上部のトップライト
ウイスキー樽のお洒落な雨水タンクと井戸水
コモンハウスの入口はガラス張りの屋根(全面トップライト)で三和土(タタキ)土間の床は石張り、これをダイレクトゲインといい冬場は床に蓄熱し夜間に放熱するパーッシブソーラーの手法である。
2階の和室で宴会中~

こちらが出来上がってほろ酔い状態の時に下のコモンリビングでは藤野のトランジション・タウンのメンバーの方たちは真剣にワークショップをしておられた~

藤野の夜は長く熱かったぜ

2011年07月13日
100分 de 名著
以前アップしたブログをうっかり削除した。これは、前々回のブログとリンクしているので改めて掲載することにした。
「100分 de 名著」の番組を見た。第一回のニーチェの「ツァラトゥストラ」は見損なったが、今回は孔子の「論語」を取り上げていた。
内容は次のサイトを見てもらえれば解るが・・・・
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/02_confucius/index.html
漢字は凄いと思った。似て非なるものとはこのことじゃ!
「口」と「又」では大違い!!
「恕」と「怒」ではまるで正反対の意味になる。
怒 は「奴+心」、奴(あいつ)は自分と相手を分ける考え方である。
怒りは人を不幸にする3大基本煩悩の1つだ。(これについては後日に又、改めて書こうと思っている)
恕 はジョと読む。怒とは正反対で・・・の如しと使われ《同じ》という意味で『思いやり』だそうである。
・孔子は「思いやり」が人生で一番大切なものと言い。
・仏教では時間・空間を超越した万物一切の「本体」と定義しているようだ。
現在の社会は「個別閉鎖社会」とでも言おうか、天災であれ人災であれ、自己責任で突っ放されるが、
そうではない社会「恕の社会」を築いて行きたいものだ。
これを絵で表すと「パーマカルチャー・エコビレジ」となる。

自給菜園は当たり前、エネルギーの自前で、自然災害にも強靭なデザイン。
パーマカルチャーでは重要な機能は多くの要素(アイテム)で維持する。
また、一日の大半は自分の好きな仕事ができるし、お金もほとんど要らない。和気藹々のエコビレッジである。
こころに「恕」のある人がここの住人である
「100分 de 名著」の番組を見た。第一回のニーチェの「ツァラトゥストラ」は見損なったが、今回は孔子の「論語」を取り上げていた。
内容は次のサイトを見てもらえれば解るが・・・・
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/02_confucius/index.html
漢字は凄いと思った。似て非なるものとはこのことじゃ!
「口」と「又」では大違い!!

「恕」と「怒」ではまるで正反対の意味になる。
怒 は「奴+心」、奴(あいつ)は自分と相手を分ける考え方である。
怒りは人を不幸にする3大基本煩悩の1つだ。(これについては後日に又、改めて書こうと思っている)
恕 はジョと読む。怒とは正反対で・・・の如しと使われ《同じ》という意味で『思いやり』だそうである。
・孔子は「思いやり」が人生で一番大切なものと言い。
・仏教では時間・空間を超越した万物一切の「本体」と定義しているようだ。
現在の社会は「個別閉鎖社会」とでも言おうか、天災であれ人災であれ、自己責任で突っ放されるが、
そうではない社会「恕の社会」を築いて行きたいものだ。
これを絵で表すと「パーマカルチャー・エコビレジ」となる。

自給菜園は当たり前、エネルギーの自前で、自然災害にも強靭なデザイン。
パーマカルチャーでは重要な機能は多くの要素(アイテム)で維持する。
また、一日の大半は自分の好きな仕事ができるし、お金もほとんど要らない。和気藹々のエコビレッジである。
こころに「恕」のある人がここの住人である
2011年05月28日
台風に備える
大型の台風が近づいて来ている。
本島直撃は4年ぶりである。丁度沖縄に移住してきた6月に大型の台風が来た。さすが沖縄と思ったが、その後ほとんど来なかった。
異常気象と言われているように、だいぶ以前とは変わっているようだ。
台風は被害ばかりが強調されるが、海のヘドロを綺麗に掃除してくれたり、大事な水が不足したときに大量に供給してくれたり、我々には気付かない恵みの部分もあるのかも知れない。
「台風を敵にしない」という考えに立つと、台風対策から台風に備えるという言い方に変わる。
パーマカルチャーでは、自然に対してそういう言葉を使う。
4年前は、こちらに来たばかりで畑がなかったが、今回は畑の手入れが必要である。
住まいは鉄筋であるので、ほぼ心配はないが畑の小屋は木造である。

畑は基礎にコンクリートを使えないので単管で止めている、引き抜ける恐れがあるので、ロープで補強した。

バナナも葉を半分切ったり、苗は補強したり・・


今、稲や麦がタワワに実っている。

カンナ芋やフジ豆も・・みんな元気に乗り切ろうね

都市生活していた頃はこのような作業をしたことがなかったが、やってみると自然の中で暮らしているんだなと実感できる。
豊かである。
本島直撃は4年ぶりである。丁度沖縄に移住してきた6月に大型の台風が来た。さすが沖縄と思ったが、その後ほとんど来なかった。
異常気象と言われているように、だいぶ以前とは変わっているようだ。
台風は被害ばかりが強調されるが、海のヘドロを綺麗に掃除してくれたり、大事な水が不足したときに大量に供給してくれたり、我々には気付かない恵みの部分もあるのかも知れない。
「台風を敵にしない」という考えに立つと、台風対策から台風に備えるという言い方に変わる。
パーマカルチャーでは、自然に対してそういう言葉を使う。
4年前は、こちらに来たばかりで畑がなかったが、今回は畑の手入れが必要である。
住まいは鉄筋であるので、ほぼ心配はないが畑の小屋は木造である。
畑は基礎にコンクリートを使えないので単管で止めている、引き抜ける恐れがあるので、ロープで補強した。
バナナも葉を半分切ったり、苗は補強したり・・
今、稲や麦がタワワに実っている。
カンナ芋やフジ豆も・・みんな元気に乗り切ろうね

都市生活していた頃はこのような作業をしたことがなかったが、やってみると自然の中で暮らしているんだなと実感できる。
豊かである。
2011年05月19日
恕(思いやり)は誰のため?
前回の続きでもう少し’恕’について書いてみたい。
恕は『思いやり』ということで、孔子は人生で最も大切なことと考えていたとあったが、その思いやりは果たして誰に対してか?
普通に考えると周囲の人に対して、さらに考えれば全人類や生きもの全てに対して又、環境や自然に対して・・・と考えるが、孔子が言いたかったことはその前に
『自分』に対してと考えていたようだ。
最近我々パーマカルチャーリストにとって、待望の日本版「パーマカルチャーの本」が出版された。

今まではパーマカルチャーの倫理(心構え)として
●地球に対する配慮(思いやり)
●人に対する配慮(思いやり)
●余剰物の分配
の3項目があったが、この新しい本の中で新たに一項目が加わった。
それは「自己に対する配慮(思いやり)」である。
自己に対する思いやりとは、決して自分を甘やかすことではない。自分に対するご褒美のようなやわな事ではないことは気付いていると思うが、時として、人は自分に不都合になったら、人をあるいは対象を弄くり自分に合わせようとしがちである。まるで王様にでもなった気分で、人を変えようとする。
私はいいことをしている。理不尽な世の中を正そうとしている・・・と得意気だ。
真に「自己に対する思いやり」とは・・・
パーマカルチャーをベースにした「トランジション・タウン」という運動がある。
既存の町を石油や化石燃料に頼らないで丸ごとエコな町に変えて行こうとする運動であるが、その特徴の一つに
「頭(head)・こころ(heart)・身体(hands)」の「3H」のバランスをとる。という項目がある。
1、真に健全な身体とは?・・・健全な体を保持すると人は130歳くらいは生きれるらしい。汚染されていない環境でということもあるが、自ら身体を健全に保つためには好みや習慣ではなく、体に良いものを適度に食べることである。
長生きすることばかりが目標ではないが、130歳まで生きる自信のない方には、年に4回くらいの断食もいい方法であるし、石鹸・シャンプーや洗剤をなるべく使わないで「常在菌」と仲良く共生することも必要だ。
意外と、自分に対して不親切な人が多い。例えば、自給菜園をすれば、美味しい生命力溢れる食べ物を食べられ、適度に体を動かすので健康に良い。
現代人は体を動かさないで、太ったり成人病になると、お金を出して病院通いに、ジム通い・・・実に奇妙なことをしているのを見て、かつて倉本聰はホモ・サスペンス(不安・不安定・奇妙な人)と言った。
2、真に良い頭とは?・・・頭は記憶力だけではない。実行力、表現力、判断力、理解力、創造力、先見力、決断力、観察力、指導力・・・・等々いろんな能力があり一人では賄い切れない。頭は道具である。
特に重要な道具は、やはり仲良し力が必要ではないだろうか。これがないと頭は悪いかも・・・
3、真に素晴らしいこころの在り方とは・・・
先入観、固定観念、頑固観念に縛られない、いつもピュア―な観念を保持していることである。
人は自分が接した知識や情報のうち、正しいと取捨選択した観念を正しいとし後生大事に守り通そうと思い違いをするものであるが、このことが争いごとを起こし不幸になる原因である。
お金は出せば減るが、愛はいくら出しても減らない。不思議なことに出すごとに嬉しくなる。
「思いやり」に満ち満ちたこころを持ちたいものだ。
真に健康正常で自由なこころを持つことが人生で一番重要なことである。
自己に対する『恕』
とは、「頭・こころ・身体」のバランスを実行できる人なのかも知れない。
恕は『思いやり』ということで、孔子は人生で最も大切なことと考えていたとあったが、その思いやりは果たして誰に対してか?
普通に考えると周囲の人に対して、さらに考えれば全人類や生きもの全てに対して又、環境や自然に対して・・・と考えるが、孔子が言いたかったことはその前に
『自分』に対してと考えていたようだ。
最近我々パーマカルチャーリストにとって、待望の日本版「パーマカルチャーの本」が出版された。

今まではパーマカルチャーの倫理(心構え)として
●地球に対する配慮(思いやり)
●人に対する配慮(思いやり)
●余剰物の分配
の3項目があったが、この新しい本の中で新たに一項目が加わった。
それは「自己に対する配慮(思いやり)」である。
自己に対する思いやりとは、決して自分を甘やかすことではない。自分に対するご褒美のようなやわな事ではないことは気付いていると思うが、時として、人は自分に不都合になったら、人をあるいは対象を弄くり自分に合わせようとしがちである。まるで王様にでもなった気分で、人を変えようとする。
私はいいことをしている。理不尽な世の中を正そうとしている・・・と得意気だ。
真に「自己に対する思いやり」とは・・・
パーマカルチャーをベースにした「トランジション・タウン」という運動がある。
既存の町を石油や化石燃料に頼らないで丸ごとエコな町に変えて行こうとする運動であるが、その特徴の一つに
「頭(head)・こころ(heart)・身体(hands)」の「3H」のバランスをとる。という項目がある。
1、真に健全な身体とは?・・・健全な体を保持すると人は130歳くらいは生きれるらしい。汚染されていない環境でということもあるが、自ら身体を健全に保つためには好みや習慣ではなく、体に良いものを適度に食べることである。
長生きすることばかりが目標ではないが、130歳まで生きる自信のない方には、年に4回くらいの断食もいい方法であるし、石鹸・シャンプーや洗剤をなるべく使わないで「常在菌」と仲良く共生することも必要だ。
意外と、自分に対して不親切な人が多い。例えば、自給菜園をすれば、美味しい生命力溢れる食べ物を食べられ、適度に体を動かすので健康に良い。
現代人は体を動かさないで、太ったり成人病になると、お金を出して病院通いに、ジム通い・・・実に奇妙なことをしているのを見て、かつて倉本聰はホモ・サスペンス(不安・不安定・奇妙な人)と言った。
2、真に良い頭とは?・・・頭は記憶力だけではない。実行力、表現力、判断力、理解力、創造力、先見力、決断力、観察力、指導力・・・・等々いろんな能力があり一人では賄い切れない。頭は道具である。
特に重要な道具は、やはり仲良し力が必要ではないだろうか。これがないと頭は悪いかも・・・
3、真に素晴らしいこころの在り方とは・・・
先入観、固定観念、頑固観念に縛られない、いつもピュア―な観念を保持していることである。
人は自分が接した知識や情報のうち、正しいと取捨選択した観念を正しいとし後生大事に守り通そうと思い違いをするものであるが、このことが争いごとを起こし不幸になる原因である。
お金は出せば減るが、愛はいくら出しても減らない。不思議なことに出すごとに嬉しくなる。
「思いやり」に満ち満ちたこころを持ちたいものだ。
真に健康正常で自由なこころを持つことが人生で一番重要なことである。
自己に対する『恕』
とは、「頭・こころ・身体」のバランスを実行できる人なのかも知れない。
2011年03月27日
cafe De permaculture
今年から、OPeNの新しい動きの1つとして、カフェでパーマカルチャーの紹介をすることにした。
私自身パーマカルチャーとの出会いは東京のカフェでこれを聴いたことで始まった。
パーマカルチャーは田舎暮らしが好きな特別な人がやることではなく。
地球生活者は地球に住むマナーとして知り、日々のライフスタイルとして身につけるものではないだろうか。
特に今回の大震災のニュースを見るたびに、早く皆に伝えなければという思いが強くなった。
・・・と云う訳で、毎月1~2回ほどカフェで、ユッタリと食事をしながら聴いていただければと思っている。
第一弾として
4月3日(日曜日)11時から14時
首里桃原町1-13にある
イタリアンレストラン ラ・フォンテ
で開催される『Mother's Kitchen』の3周年イベントにてプレゼンすることになりました。
私どもの会員でもあるマクロビオティック教室の大友美幸さん主催の
『お野菜セミナー&春のイタリアンランチ会』です。
定員40名ですが、残り僅かとのことです。
興味ある方は下記のサイトで問い合わせください。
http://miyuki446.ti-da.net/e3399060.html
第2弾として
4月12日(火曜日)19:00~21:00
糸満ロータリのすぐそば
ベジタリアン カフェ シュクラン
でユッタリと夕食を食べながらのワークショップです。
定員は10名前後と少なめですが、興味のある方はどうぞ
日頃パーマカルチャーに興味があってもなかなか聞けないお勤めの方にとの思いで夜の時間としました。

問い合わせは下記サイトからどうぞ
http://choukrane.ti-da.net/
私自身パーマカルチャーとの出会いは東京のカフェでこれを聴いたことで始まった。

パーマカルチャーは田舎暮らしが好きな特別な人がやることではなく。
地球生活者は地球に住むマナーとして知り、日々のライフスタイルとして身につけるものではないだろうか。
特に今回の大震災のニュースを見るたびに、早く皆に伝えなければという思いが強くなった。
・・・と云う訳で、毎月1~2回ほどカフェで、ユッタリと食事をしながら聴いていただければと思っている。
第一弾として
4月3日(日曜日)11時から14時
首里桃原町1-13にある
イタリアンレストラン ラ・フォンテ
で開催される『Mother's Kitchen』の3周年イベントにてプレゼンすることになりました。
私どもの会員でもあるマクロビオティック教室の大友美幸さん主催の
『お野菜セミナー&春のイタリアンランチ会』です。
定員40名ですが、残り僅かとのことです。
興味ある方は下記のサイトで問い合わせください。
http://miyuki446.ti-da.net/e3399060.html
第2弾として
4月12日(火曜日)19:00~21:00
糸満ロータリのすぐそば
ベジタリアン カフェ シュクラン
でユッタリと夕食を食べながらのワークショップです。
定員は10名前後と少なめですが、興味のある方はどうぞ

日頃パーマカルチャーに興味があってもなかなか聞けないお勤めの方にとの思いで夜の時間としました。

問い合わせは下記サイトからどうぞ
http://choukrane.ti-da.net/
2011年03月25日
糸満のターシャ・チューダー
昨日久しぶりに糸満のターシャ・チューダー(とよこねぇねぇ)の菜園を訪れた。

2月・3月のこの時期に菜園は溢れんばかりの野菜・花・果樹で埋め尽くされていた。・・さすが沖縄
まさにパーマカルチャー・ガーデン


果樹はマンゴー、レイシ、コーヒー、レンブ、レイシ、シークワーサー、パパイヤ、グワバ等々、カニステルはスズナリで、マンゴーも露地栽培である

敷地は数百坪でそれほど広くはないが、お花に囲まれた小さな別荘もあり癒しのチューダーワールドである。

野菜はハンダマ、ネギ、キャベツ、レタス、ニンジン、ダイコン、イモ、シソ、イーチョーバ、シマナー、ミツバ、ニラ、アロエ、オオバコ、ゲットウ、オオムギ等々ギッシリ混植である。

久しぶりに訪れ、以前よりさらに濃くなっていた。
帰りにマンゴーの苗を戴きましたぁ~
私の東風平パーマカルチャー・ガーデンでも先日収穫祭
未来のターシャ・チューダーと一緒に

島ニンジン、紅イモ、島ラッキョウ、レタス、ノビル等を収穫

これから、夏野菜の植え付けだ。がんばるぞー

2月・3月のこの時期に菜園は溢れんばかりの野菜・花・果樹で埋め尽くされていた。・・さすが沖縄

まさにパーマカルチャー・ガーデン


果樹はマンゴー、レイシ、コーヒー、レンブ、レイシ、シークワーサー、パパイヤ、グワバ等々、カニステルはスズナリで、マンゴーも露地栽培である

敷地は数百坪でそれほど広くはないが、お花に囲まれた小さな別荘もあり癒しのチューダーワールドである。
野菜はハンダマ、ネギ、キャベツ、レタス、ニンジン、ダイコン、イモ、シソ、イーチョーバ、シマナー、ミツバ、ニラ、アロエ、オオバコ、ゲットウ、オオムギ等々ギッシリ混植である。
久しぶりに訪れ、以前よりさらに濃くなっていた。
帰りにマンゴーの苗を戴きましたぁ~

私の東風平パーマカルチャー・ガーデンでも先日収穫祭

未来のターシャ・チューダーと一緒に
島ニンジン、紅イモ、島ラッキョウ、レタス、ノビル等を収穫

これから、夏野菜の植え付けだ。がんばるぞー
2011年03月18日
コミュニティ・ガーデン
この大震災を出発点として、ライフスタイルのチェンジを本気で考える時期に来たのではないだろうか・・・
競争を煽るGDPのアップはもう要らない
本物の生き方ができる永続可能な生活へ方向転換

・・・・と云う訳でコミュニティ・ガーデンの勧め

コミュニティガーデンは郊外にも大都会の中にも求められる、地域のコミュニティを重視した市民農園のことである。

●暮らしの安全安心に繋がり、心を癒し潤いを与え、景観の向上になる。
●出会いの場、楽しみながら学び、環境に貢献できる。
●地域への愛情が芽生え、循環型社会の促進を促す。

とりもなおさず
安心安全なフレッシュ野菜を堪能出来、自己の自給率をアップし、ひいては日本の自給率アップに繋がるのである。
1人でシュクシュクとやるのも良いが、皆でワイワイやるほうが愉快で楽しいのである。
今回、オーナーの御厚意により震災の最中に貸していただけることになった。800坪もあり、しかも無償貸与である。このタイミングは、
我らパーマカルチャーにミッションを「やりなさい
」と言われているようなものである。
場所は那覇市の城下町・首里で高速那覇ICから近く、ゆいレール首里駅からも歩いて行ける便利な立地である。しかも、この町なかで南傾斜の丘陵地で眺めも良い!しかも森化しているぅ~

「食べられる森づくり」を目指すパーマカルチャーには最高・最上・最善の場所である。
ウチナーグチで言えば
『いっぺーじょうとーよー
』
ここで50人くらいの仲間が、一人ひとりマイ畑で5坪の森をつくるのである。

果樹あり花あり。採れたての野菜を交換し合ったり・・・
また、アースオーブンを作って、時にはティータイムしながら語り合うのである。


From Okinawa with love .~
さぁー!一緒に始めようぜぃ!
競争を煽るGDPのアップはもう要らない

本物の生き方ができる永続可能な生活へ方向転換


・・・・と云う訳でコミュニティ・ガーデンの勧め


コミュニティガーデンは郊外にも大都会の中にも求められる、地域のコミュニティを重視した市民農園のことである。

●暮らしの安全安心に繋がり、心を癒し潤いを与え、景観の向上になる。
●出会いの場、楽しみながら学び、環境に貢献できる。
●地域への愛情が芽生え、循環型社会の促進を促す。

とりもなおさず
安心安全なフレッシュ野菜を堪能出来、自己の自給率をアップし、ひいては日本の自給率アップに繋がるのである。
1人でシュクシュクとやるのも良いが、皆でワイワイやるほうが愉快で楽しいのである。
今回、オーナーの御厚意により震災の最中に貸していただけることになった。800坪もあり、しかも無償貸与である。このタイミングは、
我らパーマカルチャーにミッションを「やりなさい

」と言われているようなものである。場所は那覇市の城下町・首里で高速那覇ICから近く、ゆいレール首里駅からも歩いて行ける便利な立地である。しかも、この町なかで南傾斜の丘陵地で眺めも良い!しかも森化しているぅ~


「食べられる森づくり」を目指すパーマカルチャーには最高・最上・最善の場所である。
ウチナーグチで言えば
『いっぺーじょうとーよー
』ここで50人くらいの仲間が、一人ひとりマイ畑で5坪の森をつくるのである。

果樹あり花あり。採れたての野菜を交換し合ったり・・・
また、アースオーブンを作って、時にはティータイムしながら語り合うのである。


From Okinawa with love .~

さぁー!一緒に始めようぜぃ!
2011年03月01日
自発的自由意志 (kw15)
前回のブログで「自由を履違えたのか?」と書いたが、自由とは大きなテーマなので今回は自由な生き方について考えてみたい。
フランク・ロイド・ライト「タリアセン・ウエスト」

まず、自由とは『その人の思い通りにやれること』と定義してみよう。
通常「考えたり思ったり」することは、その人の自由で何ら制限は受けない。何を思うと、どういう風に考えようとも100%その人の自発的自由意志でやれるし、やっている。
しかし、その考えたことを行動に移す時に自由は制限される。
つまり、法律や道徳・倫理、一般通念・常識、他人を不快にする言動等々に抵触すると社会的制裁を受けたり、不利・不快な状態に追い込まれたり苦しい、淋しい思いをする。・・これでは本当の自由とは言えないだろう。
ピカソ「ゲルニカ」

このことから考えられることは、その人のやろうとしていることが社会のニーズ(要求)に合致してること。
もっと発展させると「人が喜ぶこと」をすることであろう。
これが習慣となり自然に自発的にやれるようになるとシメタものである。
やりたい放題、夢や願いはすぐ叶うのである。
人は結構自由に考えているようで、相当に窮屈な縛りを自分自身で掛けている。
問題が発生すると、即「誰がやった!誰の責任か!」と厳しく問われるこの社会の風潮の中で、
個々人も「人のせい」にすることが習慣となり「不平・不満・愚痴・泣き言・悪口・文句・・・」一杯の有様である。
「権利・義務・責任」をことさら主張する個別観からは自由で解放された生き方は見えてこない。
ソクラテス「汝自信を知れ!」とは 「本当の自分を知れ」ということである。

他人・社会・環境を変える前に「自己革命」が先なのである
こんな個別な習慣から早く抜け出し、日頃から「白昼堂々、大手を振って」どんな人に聞かれても、どんな人に見られても恥ずかしくない「考え・思い」を持った人になることが肝心で、自由な人生を楽しむ早道ではないだろうか?

21世紀は『愛・調和・共生』の時代と言われている。
『我欲・対立・競争』の20世紀を経て、今人類はワンランクアップした意識を持ち始めている。
この趨勢に立ち遅れないようにしたいものだ。
テーマは『思いやりの心で見る・聴く・話す人』になる。
パーマカルチャーは、イベントではなく、知ってるだけでは意味がない。
生活に密着し自由が実践できるライフスタイルで、実は
日常をパラダイスにする生き方そのものなのである。
フランク・ロイド・ライト「タリアセン・ウエスト」

まず、自由とは『その人の思い通りにやれること』と定義してみよう。
通常「考えたり思ったり」することは、その人の自由で何ら制限は受けない。何を思うと、どういう風に考えようとも100%その人の自発的自由意志でやれるし、やっている。
しかし、その考えたことを行動に移す時に自由は制限される。
つまり、法律や道徳・倫理、一般通念・常識、他人を不快にする言動等々に抵触すると社会的制裁を受けたり、不利・不快な状態に追い込まれたり苦しい、淋しい思いをする。・・これでは本当の自由とは言えないだろう。
ピカソ「ゲルニカ」

このことから考えられることは、その人のやろうとしていることが社会のニーズ(要求)に合致してること。
もっと発展させると「人が喜ぶこと」をすることであろう。
これが習慣となり自然に自発的にやれるようになるとシメタものである。
やりたい放題、夢や願いはすぐ叶うのである。

人は結構自由に考えているようで、相当に窮屈な縛りを自分自身で掛けている。
問題が発生すると、即「誰がやった!誰の責任か!」と厳しく問われるこの社会の風潮の中で、
個々人も「人のせい」にすることが習慣となり「不平・不満・愚痴・泣き言・悪口・文句・・・」一杯の有様である。
「権利・義務・責任」をことさら主張する個別観からは自由で解放された生き方は見えてこない。
ソクラテス「汝自信を知れ!」とは 「本当の自分を知れ」ということである。

他人・社会・環境を変える前に「自己革命」が先なのである

こんな個別な習慣から早く抜け出し、日頃から「白昼堂々、大手を振って」どんな人に聞かれても、どんな人に見られても恥ずかしくない「考え・思い」を持った人になることが肝心で、自由な人生を楽しむ早道ではないだろうか?

21世紀は『愛・調和・共生』の時代と言われている。
『我欲・対立・競争』の20世紀を経て、今人類はワンランクアップした意識を持ち始めている。
この趨勢に立ち遅れないようにしたいものだ。
テーマは『思いやりの心で見る・聴く・話す人』になる。
パーマカルチャーは、イベントではなく、知ってるだけでは意味がない。
生活に密着し自由が実践できるライフスタイルで、実は
日常をパラダイスにする生き方そのものなのである。
2011年02月16日
繋がった関係、途切れた関係 (kw14)
パーマカルチャーでは、《繋がる=循環》ということが最重要な概念になる。
「もの」や「エネルギー」をはじめとし、人と人の繋がり「コミュニティ」についても一層強調している。
1年程前NHKスペシャルで「無縁社会」という番組が取り上げられた。
反響があまりに大きかったようで今年になってパートⅡの番組が放映されていた。
事態は相当深刻なようで2008年に無縁死された人が3万2千人
自殺者とほぼ同数で年々増える傾向だそうである。
死んでも引き取り手がいないか、家族がいても引き取らないそうで自治体が葬儀をし埋葬するそうである。

戦前は都市人口も少なく、地方に多くの人が住んでいた。
血縁とか地縁が色濃く反映した場所での生活はある意味窮屈さや不自由さもあった。
人は自由を求める。12世紀の頃欧州では「都市の空気は人を自由にする」と言われた。若い時はなおさらそうではある。
しかし、21世紀になってその「自由さ」の果てが「孤独死」である。
自由を履違えたのかな
パーマカルチャーは《ゴミの溜らないシステム》で、生態系に注目しお互いがお互いを必要としている互恵的な役割を果たすようデザインされる。

「食べられる森づくり」とあるように、森をモデルとし森は自己自律的で森を構成する要素が多様な関係性を持っている。
お互いに恵みを生むようなあり方、つまりあるものが廃棄したものが他のもののエネルギーとなるシステムが貫徹していて全くゴミが出ない。
森の多様性

森のような畑

現代は多くの関係性が分断され途切れた関係にあって、
国と国も、人間同士も、生産者と消費者も、生産物も廃棄物も循環性が全く見られない状態である。
物質もエネルギーも消費した後は外部環境の汚染となり人も動物も植物等も生存が脅かされている現状である。
パーマカルチャーでは、生態系の素晴らしいシステムを我々の生活に応用することを提唱している。
多様な関係性をつくる
エコロジーと農業、建築などありとあらゆる生活の要素を「統合するデザイン」


このように食環境や外部環境(地球環境)だけに留まらず、モノだけではなく、人と人とが仲良く繋がり合って生きていく平和な社会を目指している。
地球への配慮
人間への配慮
余剰物の分配
パーマカルチャーをやる人の心意気(倫理)である。
「もの」や「エネルギー」をはじめとし、人と人の繋がり「コミュニティ」についても一層強調している。
1年程前NHKスペシャルで「無縁社会」という番組が取り上げられた。
反響があまりに大きかったようで今年になってパートⅡの番組が放映されていた。
事態は相当深刻なようで2008年に無縁死された人が3万2千人

自殺者とほぼ同数で年々増える傾向だそうである。
死んでも引き取り手がいないか、家族がいても引き取らないそうで自治体が葬儀をし埋葬するそうである。

戦前は都市人口も少なく、地方に多くの人が住んでいた。
血縁とか地縁が色濃く反映した場所での生活はある意味窮屈さや不自由さもあった。
人は自由を求める。12世紀の頃欧州では「都市の空気は人を自由にする」と言われた。若い時はなおさらそうではある。
しかし、21世紀になってその「自由さ」の果てが「孤独死」である。
自由を履違えたのかな

パーマカルチャーは《ゴミの溜らないシステム》で、生態系に注目しお互いがお互いを必要としている互恵的な役割を果たすようデザインされる。

「食べられる森づくり」とあるように、森をモデルとし森は自己自律的で森を構成する要素が多様な関係性を持っている。
お互いに恵みを生むようなあり方、つまりあるものが廃棄したものが他のもののエネルギーとなるシステムが貫徹していて全くゴミが出ない。
森の多様性

森のような畑

現代は多くの関係性が分断され途切れた関係にあって、
国と国も、人間同士も、生産者と消費者も、生産物も廃棄物も循環性が全く見られない状態である。
物質もエネルギーも消費した後は外部環境の汚染となり人も動物も植物等も生存が脅かされている現状である。
パーマカルチャーでは、生態系の素晴らしいシステムを我々の生活に応用することを提唱している。
多様な関係性をつくる
エコロジーと農業、建築などありとあらゆる生活の要素を「統合するデザイン」


このように食環境や外部環境(地球環境)だけに留まらず、モノだけではなく、人と人とが仲良く繋がり合って生きていく平和な社会を目指している。
地球への配慮
人間への配慮
余剰物の分配
パーマカルチャーをやる人の心意気(倫理)である。
2011年02月06日
宇宙と神と (東京遊覧4)
私達の生きている時間とはまるで違う、想像すら不可能な時間。
宇宙の誕生から137億年と言われ、このまま膨張して宇宙が終わるかも知れないといわれるビッグリップまで1,000億年・・・なんて思いを巡らしてもどうなる訳でもないが、
「我々はどこから来たか、我々とは何か、我々はどこへ行くのか」P.ゴーギャン
「宇宙」は我々に果てしない好奇心と想像力を刺激する。
先月東京に行った折、2か所のプラネタリウムを見に行った。

一つ目は渋谷文化総合センター大和田の『コスモプラネタリウム渋谷』で、
昨年ニュースになった、小惑星探査機「はやぶさ」のドキュメンタリーをCG映像化したものだ。
小惑星「いとかわ」を追いかけ着陸して岩石を採取し地球に帰還する7年の歳月をドーム一杯に臨場感溢れる映像で楽しませてくれた。
2つ目は六本木ヒルズの森タワー52階にあるギャラリーで、「スカイプラネタリウム」―1千光年の宇宙を旅する―という展示であった。
こちらは映像ではなくて、実際の星を小さなランプで配置し宇宙を散歩するような気分にさせてくれる。
当然動くにつれて星の位置が刻々と変わり、見慣れた星座も形が変わってくる面白さがあった。
かねてから気になっていた本を買った。

「宇宙は何でできているのか」村山斉著
「なぜ、脳は神を創ったのか?」苫米地英人著、ともに新書で読みやすい。
現在の宇宙空間には星とか銀河(僅か0.5%!)等の物質や見えない暗黒物質、そして暗黒エネルギーが下記の割合で占められているそうである。暗黒エネルギーとは何か?

現在の宇宙の広さは10の27乗m、そして極小の世界は素粒子(クウォーク)の10の-35乗mというスケールの世界で、あまりピーンと来ないが
宇宙の始まりは素粒子だけの世界だ。つまり素粒子を研究することで宇宙の誕生や構造そして終焉も解ってくるらしい。
この解明には「相対性理論」や「量子力学」から発展した「量子電気力学」「標準理論」とかで、記述は「数学」になり、今や宇宙研究には数学者は欠かせない存在である。
宇宙を追いかけていくと素粒子があり、素粒子を突き詰めていくと宇宙が見えて来るということで象徴的な絵にしたのが下記の「ウロボロスの蛇」

と、なんだか解らないことだらけであるが、ここまで来るといつも出てくる問いが「誰が、何のために宇宙を創ったか?」という問いであろう。
西洋世界では万物の創造主である《神》ということになっているが、
釈迦は《神》はいない。すべてが《空》で、有名な「色即是空、空即是色」は量子力学とも符合してくる。
そこで登場するのが2冊目の本だが
1980年代に「コペルニクス的転回(パラダイム転換)」が物理学の世界と数学の世界で起こった。
物理学者ハイゼンベルクの「不確定性原理」と
数学者ゲーデルの「不完全性定理」である。
詳しくは記述する余地はないが、
自然界が完全に記述出来ないのに、不完全で部分情報しか持ち得ない人間に「完全な物」が認知できるのか?・・・ということである。
脳機能学者・計算言語学者で分析哲学者でもある著者は「情報は五感を通じて脳にインプットされ、その情報処理の働きによって、脳がリアルな像(イメージ)をつくっている」
「何度確かめても同じ答えが出てくるから間違いない、私は正しい!」と思い違いをするせっかちな人が多い。
パーマカルチャーは「自然の観察」をすることが基本であって、結果を出すことではない。
どこまでも『究明する態度』が望まれる。
『究明』は人間にしかできない知的作業で、何かに気付いた時の喜びは超上等よ~!
宇宙の誕生から137億年と言われ、このまま膨張して宇宙が終わるかも知れないといわれるビッグリップまで1,000億年・・・なんて思いを巡らしてもどうなる訳でもないが、
「我々はどこから来たか、我々とは何か、我々はどこへ行くのか」P.ゴーギャン
「宇宙」は我々に果てしない好奇心と想像力を刺激する。
先月東京に行った折、2か所のプラネタリウムを見に行った。

一つ目は渋谷文化総合センター大和田の『コスモプラネタリウム渋谷』で、
昨年ニュースになった、小惑星探査機「はやぶさ」のドキュメンタリーをCG映像化したものだ。
小惑星「いとかわ」を追いかけ着陸して岩石を採取し地球に帰還する7年の歳月をドーム一杯に臨場感溢れる映像で楽しませてくれた。
2つ目は六本木ヒルズの森タワー52階にあるギャラリーで、「スカイプラネタリウム」―1千光年の宇宙を旅する―という展示であった。
こちらは映像ではなくて、実際の星を小さなランプで配置し宇宙を散歩するような気分にさせてくれる。
当然動くにつれて星の位置が刻々と変わり、見慣れた星座も形が変わってくる面白さがあった。
かねてから気になっていた本を買った。

「宇宙は何でできているのか」村山斉著
「なぜ、脳は神を創ったのか?」苫米地英人著、ともに新書で読みやすい。
現在の宇宙空間には星とか銀河(僅か0.5%!)等の物質や見えない暗黒物質、そして暗黒エネルギーが下記の割合で占められているそうである。暗黒エネルギーとは何か?

現在の宇宙の広さは10の27乗m、そして極小の世界は素粒子(クウォーク)の10の-35乗mというスケールの世界で、あまりピーンと来ないが
宇宙の始まりは素粒子だけの世界だ。つまり素粒子を研究することで宇宙の誕生や構造そして終焉も解ってくるらしい。
この解明には「相対性理論」や「量子力学」から発展した「量子電気力学」「標準理論」とかで、記述は「数学」になり、今や宇宙研究には数学者は欠かせない存在である。
宇宙を追いかけていくと素粒子があり、素粒子を突き詰めていくと宇宙が見えて来るということで象徴的な絵にしたのが下記の「ウロボロスの蛇」

と、なんだか解らないことだらけであるが、ここまで来るといつも出てくる問いが「誰が、何のために宇宙を創ったか?」という問いであろう。
西洋世界では万物の創造主である《神》ということになっているが、
釈迦は《神》はいない。すべてが《空》で、有名な「色即是空、空即是色」は量子力学とも符合してくる。
そこで登場するのが2冊目の本だが
1980年代に「コペルニクス的転回(パラダイム転換)」が物理学の世界と数学の世界で起こった。
物理学者ハイゼンベルクの「不確定性原理」と
数学者ゲーデルの「不完全性定理」である。
詳しくは記述する余地はないが、
自然界が完全に記述出来ないのに、不完全で部分情報しか持ち得ない人間に「完全な物」が認知できるのか?・・・ということである。
脳機能学者・計算言語学者で分析哲学者でもある著者は「情報は五感を通じて脳にインプットされ、その情報処理の働きによって、脳がリアルな像(イメージ)をつくっている」
「何度確かめても同じ答えが出てくるから間違いない、私は正しい!」と思い違いをするせっかちな人が多い。
パーマカルチャーは「自然の観察」をすることが基本であって、結果を出すことではない。
どこまでも『究明する態度』が望まれる。
『究明』は人間にしかできない知的作業で、何かに気付いた時の喜びは超上等よ~!
2011年01月27日
自給率アップは簡単! (kw13)
久々のキーワードである。
ミミタコ!だが、現在我が国の食料自給率は生産額ベースで66%と言われているが、カロリーベースでは40%で先進国の中で最も低い。
農業従事者は人口の僅か2%くらい!、つまり98%の人は食料を作っていないということになる。

食料は生きていくために一番必要なものだが、他人にお任せである。しかし、信用はしていない。
農業は儲からないとか仕事がキツそう、汚れるしねとか暗いイメージが付きまとっていて、就職氷河期でも就労する人は稀である。
「都会では就職難、田舎では求人難」という凸凹情況である。
この辺で、視点を変えて農業ではなく『ガーデニング』という考えで果物やお野菜を作る感覚では如何だろうか?

日本の自給率が40%なら、あとの60%は自分で作れば自給率はすぐに100%になる・・・。簡単である。
国の自給率アップを目論むより『自分の自給率を上げよう』と云う訳だ。
自分の食べる量くらいなら、そうたいした作業はいらない。普通に仕事をしながら片手間ででもできる。
よくニュースになる残留農薬や野菜の高騰、産地偽装、賞味期限等とは関係ない生活ができる。
就職が益々困難な状況になってきた我国では、そろそろ自分で食料を確保しておいたほうが良さそうである。
家計の助けにもなるし、体を動かし健康にも良い。わざわざ金と時間を使ってスポーツジムとかに行く必要もない。
安全で安心なフレッシュ野菜や果物を毎日食べられるのだ。

子供の教育にも大切な感性を育てるし、お年寄りにも園芸療法の効果もあり健康で長生きできる。
やらないのが不思議なくらいである。
・・というわけで、米国のオバマ大統領夫人もホワイトハウスに家庭菜園を作って、近くの子供たちを招いて食育の場としているようだ。
http://blog.livedoor.jp/lohasclub7/archives/65357204.html
管総理夫人もオチャラケていないで、このくらいやれ
ば評価も上がると思うのだがね。
アパートやマンション暮らしの人はベランダ菜園でもOK!、可能ならば近くにある市民農園を借りる手もある。
あるいは週末農業で近郊の農園やクラインガルテンを利用するのも良い。

われわれ『沖縄パーマカルチャー・ネットワーク』では今、コミュニティ・ガーデンを広げて行こうとしている。
やりたいけど畑がないという方に中部の北中城に480坪、南部の首里に800坪を計画中である。
一人当たり5坪(畳10帖)を1区画にして、みんなでワイワイ楽しもうという予定である。
一人でモクモクやるのも良いが、仲間がたくさんいれば色々相談もできるし、畑でガーデン・パーティもできる。

あまり難しく考えないで、とにかく人生を、自然を楽しもうと云う訳である。
新しい文化の幕開けである。
ミミタコ!だが、現在我が国の食料自給率は生産額ベースで66%と言われているが、カロリーベースでは40%で先進国の中で最も低い。
農業従事者は人口の僅か2%くらい!、つまり98%の人は食料を作っていないということになる。

食料は生きていくために一番必要なものだが、他人にお任せである。しかし、信用はしていない。
農業は儲からないとか仕事がキツそう、汚れるしねとか暗いイメージが付きまとっていて、就職氷河期でも就労する人は稀である。
「都会では就職難、田舎では求人難」という凸凹情況である。
この辺で、視点を変えて農業ではなく『ガーデニング』という考えで果物やお野菜を作る感覚では如何だろうか?

日本の自給率が40%なら、あとの60%は自分で作れば自給率はすぐに100%になる・・・。簡単である。
国の自給率アップを目論むより『自分の自給率を上げよう』と云う訳だ。
自分の食べる量くらいなら、そうたいした作業はいらない。普通に仕事をしながら片手間ででもできる。
よくニュースになる残留農薬や野菜の高騰、産地偽装、賞味期限等とは関係ない生活ができる。
就職が益々困難な状況になってきた我国では、そろそろ自分で食料を確保しておいたほうが良さそうである。
家計の助けにもなるし、体を動かし健康にも良い。わざわざ金と時間を使ってスポーツジムとかに行く必要もない。
安全で安心なフレッシュ野菜や果物を毎日食べられるのだ。

子供の教育にも大切な感性を育てるし、お年寄りにも園芸療法の効果もあり健康で長生きできる。
やらないのが不思議なくらいである。
・・というわけで、米国のオバマ大統領夫人もホワイトハウスに家庭菜園を作って、近くの子供たちを招いて食育の場としているようだ。
http://blog.livedoor.jp/lohasclub7/archives/65357204.html
管総理夫人もオチャラケていないで、このくらいやれ
ば評価も上がると思うのだがね。
アパートやマンション暮らしの人はベランダ菜園でもOK!、可能ならば近くにある市民農園を借りる手もある。
あるいは週末農業で近郊の農園やクラインガルテンを利用するのも良い。

われわれ『沖縄パーマカルチャー・ネットワーク』では今、コミュニティ・ガーデンを広げて行こうとしている。
やりたいけど畑がないという方に中部の北中城に480坪、南部の首里に800坪を計画中である。
一人当たり5坪(畳10帖)を1区画にして、みんなでワイワイ楽しもうという予定である。
一人でモクモクやるのも良いが、仲間がたくさんいれば色々相談もできるし、畑でガーデン・パーティもできる。

あまり難しく考えないで、とにかく人生を、自然を楽しもうと云う訳である。
新しい文化の幕開けである。
2011年01月13日
2011やんばるパーマカルチャー塾 後半
後半は2週間コースの9名で始まった。
今までワイワイ楽しくやっていた1週間コースの7名が出発して行ったので、少し淋しい気分でのスタートだ。
1月5日の後半初日はPCCJの山田講師の住空間の講座からスタートした。図面の描き方の実習もあり専門的なので少し大変そうだ。
午後からは、地域の伝統を知るために瀬底島に見学に行った。
1985年島民待望の瀬底大橋が完成し生活が一段と便利になったそうだ。農産物の出荷で人口も増え訪れる人も多くなったが、商店や市場が減少し情報交換の場(港)が無くなり共同体意識が少なくなったようである。
最初に農業の神様を祭る土帝君(トテイクン)を見学

ケイガーは飲料水の溜池で、昔は水の確保が最も大事なことでそこには必ず拝所が設けてある。

その他、瀬底発祥の地「ウチグスク」や「ガンジャガマ」等を見学した。
1月6日(後半2日目)は水とエネルギーの講座が行われ、午後から中部のうるま市にある自然循環農法の「みるく村」に行った。

農薬はモチロンのこと有機堆肥も使用せず、畑に育つ野草を堆肥とし海藻をミネラル補給に少し加え、天体の動きを考慮しただけの極めてシンプルなやり方に一同魅せられた。
何と3,000坪の畑で80種類の野菜を混色栽培し、ひと時も休まず連作できる事実に驚いた。
それにしても苗のきれいなこと・・・

1月7日の朝作業は3日目に入るアースオーブン(ピザ釜)づくりで天板のレンガ張が完成した。

石を積み上げ柱脚としてなかなか手造り感のあるいい出来だ。
午後は畑の積層マルチづくりもやった。
やんばる塾Ⅰ期生が作業したアタイグワ(キッチンガーデン)の続きだ。

身体を動かし、作ったものが形として残ることは嬉しいことである。
1月8日(後半4日目)はコミュニティデザインの講座だ。
PCにとってコミュニティは最重要課題だ。
設楽講師の話にも気合が入る。
午後に積層マルチした畑に野菜の定植を行った。コンパニオンプランツを考慮した混植畑である。

長い座学の合間の作業は塾生も嬉しそうだ。
しかし、これからが塾の最大の山場
「プロジェクト・デザイン」ワークだ。
10日余り夜遅くまでの授業でギュウギュウ詰め込んだものを表現する大変なチーム作業である。
今回は2チームに分かれての丸2日間徹夜も覚悟の共同作業だ。
しかし、その様子は・・・ヒ・ミ・ツ・!・・・である。
1月10日(塾が始まって13日目)いよいよ最終日だ。
プロジェクトデザインの発表
どちらも力作である。
よくこれだけまとめたものだと、八重岳BLCのオーナー夫妻も驚いていた。
やった人でなければ味わえない涙と感動の物語である。
一人では困難なことも心を一つにしてやれば、
知識や技術、イメージも大きな実を結ぶ。まさに個の多様性だ。
成果はワークショップ等で多くの方に披露できれば幸いである。
午後からは修了式。みんなの顔に達成感と安堵の表情が出ている。
2週間頑張った9人ひとりひとりに修了証が手渡された。

全課程が終了し、いよいよ出発

パーマカルチャー塾の醍醐味は、講座の内容の深さと、人と人の繋がりが構築できることだ。
本物の生き方に気付く1週間~2週間課程なのである。
今までワイワイ楽しくやっていた1週間コースの7名が出発して行ったので、少し淋しい気分でのスタートだ。
1月5日の後半初日はPCCJの山田講師の住空間の講座からスタートした。図面の描き方の実習もあり専門的なので少し大変そうだ。
午後からは、地域の伝統を知るために瀬底島に見学に行った。
1985年島民待望の瀬底大橋が完成し生活が一段と便利になったそうだ。農産物の出荷で人口も増え訪れる人も多くなったが、商店や市場が減少し情報交換の場(港)が無くなり共同体意識が少なくなったようである。
最初に農業の神様を祭る土帝君(トテイクン)を見学

ケイガーは飲料水の溜池で、昔は水の確保が最も大事なことでそこには必ず拝所が設けてある。

その他、瀬底発祥の地「ウチグスク」や「ガンジャガマ」等を見学した。
1月6日(後半2日目)は水とエネルギーの講座が行われ、午後から中部のうるま市にある自然循環農法の「みるく村」に行った。

農薬はモチロンのこと有機堆肥も使用せず、畑に育つ野草を堆肥とし海藻をミネラル補給に少し加え、天体の動きを考慮しただけの極めてシンプルなやり方に一同魅せられた。
何と3,000坪の畑で80種類の野菜を混色栽培し、ひと時も休まず連作できる事実に驚いた。
それにしても苗のきれいなこと・・・


1月7日の朝作業は3日目に入るアースオーブン(ピザ釜)づくりで天板のレンガ張が完成した。

石を積み上げ柱脚としてなかなか手造り感のあるいい出来だ。
午後は畑の積層マルチづくりもやった。
やんばる塾Ⅰ期生が作業したアタイグワ(キッチンガーデン)の続きだ。

身体を動かし、作ったものが形として残ることは嬉しいことである。
1月8日(後半4日目)はコミュニティデザインの講座だ。
PCにとってコミュニティは最重要課題だ。
設楽講師の話にも気合が入る。
午後に積層マルチした畑に野菜の定植を行った。コンパニオンプランツを考慮した混植畑である。

長い座学の合間の作業は塾生も嬉しそうだ。
しかし、これからが塾の最大の山場
「プロジェクト・デザイン」ワークだ。
10日余り夜遅くまでの授業でギュウギュウ詰め込んだものを表現する大変なチーム作業である。
今回は2チームに分かれての丸2日間徹夜も覚悟の共同作業だ。
しかし、その様子は・・・ヒ・ミ・ツ・!・・・である。
1月10日(塾が始まって13日目)いよいよ最終日だ。
プロジェクトデザインの発表

どちらも力作である。
よくこれだけまとめたものだと、八重岳BLCのオーナー夫妻も驚いていた。
やった人でなければ味わえない涙と感動の物語である。
一人では困難なことも心を一つにしてやれば、
知識や技術、イメージも大きな実を結ぶ。まさに個の多様性だ。
成果はワークショップ等で多くの方に披露できれば幸いである。
午後からは修了式。みんなの顔に達成感と安堵の表情が出ている。
2週間頑張った9人ひとりひとりに修了証が手渡された。

全課程が終了し、いよいよ出発


パーマカルチャー塾の醍醐味は、講座の内容の深さと、人と人の繋がりが構築できることだ。
本物の生き方に気付く1週間~2週間課程なのである。

